シンギュラリティ信仰はいかにして生まれるか〜第3章・終章

  • 2020年2月23日
  • 2020年9月30日
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シンギュラリティ信仰はいかにして生まれるか〜第3章・終章

シンギュラリティ信仰はいかにして生まれるか〜第3章・終章

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第3章 サイバネティクス――シンギュラリティ思想の源流

 本章では、20世紀にノーバート・ウィーナーによって提唱され、ジョン・フォン・ノイマンらによって発展したサイバネティクスについて説明し、サイバネティクスがシンギュラリティ思想の源流であることを結論として述べていきたい。第1節では、「サイバネティクス」という言葉が誕生した背景について説明する。続く第2節から第5節にかけては、サイバネティクスの理論において重要となるポイントを概観し、それらとシンギュラリティ思想の共通点および相違点について考察していく。そして、第6節では、本稿の主題「シンギュラリティ信仰はいかにして生まれるか」を説くうえでキー・パーソンとなるフォン・ノイマンと、サイバネティクスの提唱者であるウィーナーの関係性について述べていきたい。最後に、第7節では、ヴァーナー・ヴィンジが描いたサイバー・スペースについて説明する。このサイバー・スペースという概念は、トランスヒューマニズムやカーツワイルの思想において登場するマインドアップローディングの概念と共通するものであり、その原型と考えられる。

第1節 サイバネティクスの誕生

第1項 機械及び生体における通信と制御の理論

 まず、サイバネティクス(Cybernetics)の定義について述べておかねばならない。ノーバート・ウィーナーによれば、サイバネティクスは、「機械及び生体における通信(コミュニケーション)と制御(コントロール)の理論」(ウィーナー 2002〔1956〕:187)であり、「制御(control)の技術と科学を、制御という概念があてはまる全領域にわたって表現する」(ウィーナー 2002〔1956〕:187)。

 このような「サイバネティクス」という言葉は、マサチューセッツ工科大学の数学者ノーバート・ウィーナー(Norbert Wiener)によって生みだされた。サイバネティクスが生まれた背景について、ウィーナーは次のように述べている。

 第二次世界大戦の終わり以来、私は通報の理論の多数の枝を研究してきた。通報の伝送の電気工学的理論のほかにも、あるいっそう大きな領域があり、そこには、言語の研究ばかりでなく、機械および社会を制御する手段としての通報の研究や、計算機その他のオートマタの開発や、心理学や神経系についてのある種の考察や、科学の方法についてのある試論的な新理論が含まれている。通報についてのこの広大な理論は、ある確率論的な理論であり、ウィラード・ギッブズに発する学術の動向の本質的な要素をなすものである。
 最近までは、この複合的な思想を指す既成の言葉がなかった。そこで私は、この全分野を一つの言葉で包括するために、一つの新しい言葉をつくらねばならないと感じた。こうして「サイバネティックス(cybernetics)」という言葉が生まれた。私はそれをギリシア語の「舵手」を意味する「キュベルネテス(kubernētēs)」という言葉――今日われわれのいうガバナー(governor調速器)の語源になったギリシア語――からつくりだした。(ウィーナー 1979〔1954〕:8)

 このように、ウィーナーは、「通報の理論の多数の枝」(ウィーナー 1979〔1954〕:8)、つまり工学や生理学を中心とした多くの体系化された学問領域を統合し、「サイバネティックス」という言葉を作りだしたのである。

第2項 プリンストンにおける会合――サイバネティクスの誕生地

 ウィーナーは、多くの体系化された学問領域を統合し、「サイバネティクス」という言葉を作りだしたわけだが、どうして彼は多くの体系化された学問領域を統合することができたのだろうか。その理由の一つとして、アメリカ・プリンストンにおける非公式な会合において、複数の学問分野における一群のスペシャリストらと意見交換をする機会があったことが挙げられる。

 実際に、ウィーナーは、プリンストンで開かれた非公式の会合をサイバネティクスの誕生地とみなしている(ウィーナー 2002〔1956〕:187)。この会合は1943年から1944年にかけての冬に開かれ、ウィーナーとフォン・ノイマン(J. von Neumann)博士によって技術者、生理学者、数学者のそれぞれ代表的な人々が集められた(ウィーナー 2002〔1956〕:187)および(ウィーナー 2011〔1962〕:52)。技術者の代表としては、ペンシルヴェニア大学のゴールドシュタイン(Goldstine)博士を含む計算機の設計者の何人かのグループが参加し、生理学者の代表としては、イリノイ大学医学部のマッカロ(Warren McCulloch)博士とロックフェラー研究所のローレンテ・デ・ノー(Lorente de Nó)博士が出席した(ウィーナー 2011〔1962〕:52)。そして、数学者の代表としては、ウィーナーとフォン・ノイマン博士に加え、若い研究者のピッツ(Walter Pitts)氏がいた(ウィーナー 2011〔1962〕:52)。ウィーナーによると、「生理学者らは彼らの立場からサイバネティックスの問題を扱って協同して発表し、計算機設計者も、同じく彼らの研究方法と目的とを発表した」(ウィーナー 2011〔1962〕:52)。また、「会議が終わったとき、出席者のすべてに明らかになったことは、異なった分野に働いている研究者のあいだにも、実質的に共通な考え方の基盤があるということ、またどの分野の人でも、他の分野の人々によってすでに発展させられている概念を利用できる場合があるということ、また共同の語彙を持つよう何とかしなければならないということなどであった」(ウィーナー 2011〔1962〕:52-52)。

 その結果生まれた言葉には、たとえば、神経生理学者と心理学者が使う記憶という言葉やフィードバックという言葉がある(ウィーナー 2002〔1956〕:187)。特に、フィードバックという言葉について、ウィーナーは、「これは電子工学者から出てすでに自動制御研究者にもひろがっていたのだが、機械ばかりでなく生体においても現象を述べるのに適切であった」(ウィーナー 2002〔1956〕:187)と述べており、「機械及び生体における通信(コミュニケーション)と制御(コントロール)の理論」(ウィーナー 2002〔1956〕:187)であるサイバネティクスにとって、重要な言葉であったことがわかる。

 このように、プリンストンで開かれた非公式の会合は、ウィーナーにとってサイバネティクスの誕生地であり、会合では、サイバネティクスの理論において後に重要となる言葉が生まれた。

第2節 学習する機械

 さて、第2節から第5節にかけてはサイバネティクスの理論において重要となるポイントを扱っていく。なかでも、第2節における学習する機械、第3節における自己増殖する機械、第4節における人間と機械の組み合わせに関する議論は、「宗教的な問題に関係があるように思われる点」(ウィーナー 1965〔1956〕:11)である。

 では、学習する機械について説明していきたい。ウィーナーは、学習する機械がすでに存在していると考えており、その例として計算機にチェッカーを指させるプログラムを挙げている(ウィーナー 1965〔1956〕:11)。いわく、「計算機にチェッカーを指させるプログラムがすでにIBM社のA・L・サミュエル博士によって作成されたが、この計算機は自分の経験によってだんだん上手な指しかたを学びとってゆく――少なくとも学びとってゆくようにみえる」(ウィーナー 1965〔1956〕:11)。

 また、ウィーナーは未だ実現されてはいないが、今後実現されうる学習する機械の例として、ある対空砲を挙げている(ウィーナー 1979〔1954〕:62)。それは、「標的機の運動に関する統計を自分で観測し、その結果を一連の制御系に汲みこみ、最後にこの制御系を用いて砲の照準を飛行機の観測された位置と運動とに速やかに合わせるような対空砲」(ウィーナー 1979〔1954〕:62)である。ウィーナーによると、「標的が行なった特定の運動系列に従って砲の照準と、発射の一般方式を調整することは本質的に学習行為」(ウィーナー 1979〔1954〕:63)であり、「それは、砲の計算機構のテーピングの変更であって、しかも数値的データを変えるより、それらのデータを解釈するプロセスそのものを変更するものである」(ウィーナー 1979〔1954〕:63)そして、このような砲の学習行為のプロセスについて、ウィーナーは、「これは、確かに、装置の行動の仕方全体を左右するひじょうに一般的なフィードバックである」(ウィーナー 1979〔1954〕:63)と述べている。

 このように、ウィーナーは、対空砲の学習行為について、「フィードバック11)」という言葉を用いて説明した。先述の通り、「フィードバック」という言葉は、プリンストンにおける非公式な会合から生まれたものであり、機械の動作を制御するための重要な概念であることがわかる。

 さらに進んで、ウィーナーは「圧倒的大多数の場合に、ある種の故障や破損を避けるように設計された機械は、それ自身が達成しうる目的を自分でさがしてゆくであろう」(ウィーナー 1979〔1954〕:36)と推測した。最終的には、「理論的には、もしわれわれが人間の生理を複製したような力学的構造をもつ機械をつくることができたなら、人間の知能を複製したような知能をもつ機械ができることになる」(ウィーナー 1979〔1954〕:57)と述べた。このようなウィーナーの考える学習する機械は、自ら学習し、さらには人間の知能のようにはたらくという点で、シンギュラリティ思想における⑭「人間を超える強いAIが登場し、それは能力を倍加し続ける」というアイディアと共通している。

第3節 自己増殖する機械

 ウィーナーは、「部品をふんだんに使い、構造を十分に複雑にすれば、機械が自己増殖の機能を持ちうるかという問題」(ウィーナー 2011〔1962〕:330)を取り上げ、それに対し、「この問題は、今は亡きフォン・ノイマンにより、その可能性が証明されている」(ウィーナー 2011〔1962〕:330)と解答している。ウィーナー自身は、非線型変換器と呼ばれる機器を用いることで、機械は自己増殖することができると考えている(ウィーナー 1965〔1956〕:31-40)。

 ウィーナーが述べた通り、フォン・ノイマンは、自己増殖する機械についての研究を行なっていた。特に、オートマトンと呼ばれる自動機械の概念や自己増殖するオートマトンの理論について興味をもっており、一九四八年九月二〇日、カリフォルニア州パサデナで開かれたヒクソン・シンポジウムにおいて、これらに関する研究を発表した(フォン・ノイマン 1970〔1951〕:411)。そして、このシンポジウムの後、フォン・ノイマンは、“The general and logical theory of automata12)”(邦題「人工頭脳と自己増殖――オートマトンの論理学概論」)と題された論文を発表している。この論文の中で、フォン・ノイマンは、オートマトンが自己増殖していく過程やその理論を説明している。トマス・リッドによると、フォン・ノイマンが描こうとしたのは、どうやってマシンが他の類似のマシンを基本的な部品から作るかの概略だった(リッド 2017〔2016〕:144)。

 このように、自己増殖する機械に関する研究は、ウィーナーとフォン・ノイマンにとって共通の課題であり、彼らはその理論を示した。ウィーナーとフォン・ノイマンの考える自己増殖する機械は、機械が新たな機械を創造するという点で、シンギュラリティ思想における⑮「強いAIは、新たな強いAIを生みだしていき、生まれたAIはさらに高性能でさらに優秀なAIへとまたたく間に進化する」というアイディアと共通している。

第4節 人間と機械の組み合わせ

第1項 生物と機械の同一性

 ウィーナーは、「神経系と自動機械は、過去になした決定に基づいて決定を行なう装置という点で根本的に似ている」(ウィーナー 1979〔1954〕:31)と分析しており、「生物体のなかのシナプスは機械のなかのスイッチ装置に相当する」(ウィーナー 1979〔1954〕:31)と述べている。また、ウィーナーはこのような考えを友人のローゼンブリュートやその他の神経生理学者に伝えた(ウィーナー 2002〔1956〕:187)。他にも、ウィーナーは、人体の一部である耳を機械の一種としてとらえている(ウィーナー 1979〔1954〕:80)。

 このように、ウィーナーは、生物体の一部である神経系や耳を機械の一種ととらえたのであり、事実、『サイバネティックス』13)の「動物と機械における制御と通信」というサブタイトルからもわかるように、生物と機械を同質とみなしているような印象を世間に与えた(西垣 2016:113-114)。

第2項 「器官-補綴」および「能力増強」

 大黒によれば、二〇世紀には、身体内部の部位を人工物に置き換える、ないしそこに人工物を付加することで、その強度を高める「身体拡張」の形として、「器官-補綴」(organ-prosthesis)が現われた(大黒 2016:166)。当初の「器官-補綴」技術は、義肢や義眼といった器官欠損を補う所謂「補装具」、器官機能の衰耗を技術的に恢復させる「眼鏡」や「補聴器」などの感覚入力補助器具といったものであり、器官(機能)修復の域を出なかった(大黒 2016:166-167)。ところが、二〇世紀半ばにサイバネティックスが登場したことで、「器官-補綴」技術は質的変化を遂げる(大黒 2016:167)。人間と機械とが一つの制御系に組み込まれることで合一し、人間が本来持つ能力が機械によって強化・増幅される、サイバネティック有機体(オーガニズム)(cybernetic organism)すなわち「サイボーグ」(cyb-org)が誕生した(大黒 2016:167)。そして、サイボーグは従来の「器官-補綴」から「能力増強」(enhancement)の方向へと歩を進めているのである(大黒 2016:167)。

 このように、機械及び生体における通信と制御の理論であるサイバネティクスにとって、器官-補綴は重要な分野であった。ウィーナーは、人間と機械の混成系の研究が役に立ち、しかも現に利用されている問題の一つとして、補綴術、すなわち切断された四肢や損傷した感覚器官の代用をする装置の設計を挙げている(ウィーナー 1965〔1964〕:79-80)。そして、補綴術の例として木製の義足を挙げ、「木製の義足は失われた生身の足の機械的代用物であり、木製義足をつけた人間は機械部分と人間部分からなる混成系をなしている」(ウィーナー 1965〔1964〕:79-80)と述べている。さらに、ウィーナーによれば、超高速計算機は、原理上、自動制御装置の理想的な中枢神経系として使用でき(ウィーナー 2011〔1962〕:73)、また、人工肺14)と呼ばれる身体補具的装置は、麻痺患者の残っている呼吸能力を活動させておくための体育具として使用できる(ウィーナー 1979〔1954〕:186)。

 生物と機械の同一性を説き、機械を生物体に組みこむことで「器官-補綴」を行なうといったウィーナーの考えは、トランスヒューマニストが目指す人間像―テクノロジーを利用することで身体拡張を目指す―やシンギュラリティ思想におけるポスト・ヒューマン像―人体と非生物的な知能が融合した存在―と共通している。

第5節 電信線による人間の転送

 ウィーナーは、有機体(organism 組織体、生きもの)を通信文(message)とみなした(ウィーナー 1979〔1954〕:98)。その詳細について、彼は次のように説明している。

われわれが生き続けることのできるのは、ひじょうに特殊な環境の中においてであり、その環境をわれわれは身のまわりにつけてゆくが、やがてわれわれのからだは自己を再構成してゆける限度より速い速度で崩壊し始める。そしてわれわれは死ぬ。もし体温が正常値である華氏九八・六度より一度も上昇するか下降すれば、われわれはそれに気づきはじめ、もし一〇度も高くなるか低くなれば、われわれは確実に死ぬ。われわれの血液中の炭素や炭酸ガスや塩類や内分泌腺から流れでるホルモンはすべて、その水準に不都合な変化が起こることに抵抗する機構によって制御されている。これらの機構は、ホメオスタシスと呼ばれるものを構成しており、いずれも、自動機械で実現できる型の負のフィードバック機構である。
このホメオスタシス15)によって維持されているパターンこそが、われわれ各人の自己同一性の判定基準をなすものである。われわれの身体諸部分の組織(tissue 細胞の集まり)は、われわれが生きている限り絶えず更新してゆく。われわれが食べた食物や吸った空気は、われわれの肉のなかの肉や骨のなかの骨になり、それらは一時的にわれわれの肉や骨の要素になるだけで、排泄物として毎日われわれの体外へ出てゆく。われわれは、絶えず流れてゆく川からなる川のなかの渦巻きにほかならない。われわれは持続的に存在する物ではなく、自己持続的に存在するパターンである。
一つのパターンは、一つのメッセージ(通信文)であり、メッセージとして伝送されることができる。(ウィーナー 1979〔1954〕:99-100)

 このように、ウィーナーは、われわれ各人の自己同一性の判定基準をなすものがホメオスタシスによって維持されているパターンであり、またそれは一つのメッセージ(通信文)であり、メッセージとして伝送されることができると説いた。つまり、人間というものを電信線によって送ることが可能であると述べたのだった。また、彼は、機械はそれ自体の通報を発生させ、その通報はもとの機械と相似の別の機械を発生させることができるとも述べている(ウィーナー 1965〔1956〕:39)。ウィーナーの考えは、人を転送させることが可能であると説く点から、シンギュラリティ思想における人間の脳のアップロードやトランスヒューマニズムにおけるマインドアップローディングの考えと共通している。

第6節 ウィーナーとフォン・ノイマン

 サイバネティクスの発展に貢献した人々には誰がいたのだろうか。リッドによると、「初期のサイバネティクス学者でもっとも有名な人々には、数学者でやはり多国語に通じていた計算機科学の草分けでプリンストン高等研究所の傑出した教授、当時はまだ四〇代初頭のジョン・フォン・ノイマンや、アメリカの神経生理学者で神経ネットワークの先駆者ウォーレン・マカロックや、オーストリア系アメリカ人物理学者ハインツ・フォン・フェルスター、また、メキシコの医師でウィーナーに最も近い友人にして共同研究者、アルトゥーロ・ローゼンブリュートがいた」(リッド 2017〔2016〕:73)。

 スティーブ J. ハイムズによれば、そのなかでも、フォン・ノイマンは、前述のプリンストンにおける会合に出席した人物であり、ウィーナーと同じく数学者という立場であったため、「ウィーナーとフォン・ノイマンは、数学界でよく顔を合わせました」(ハイムズ 1985〔1980〕:182-183)。そして、機会あるごとに二人は数学に関する議論を交わしていた(ハイムズ 1985〔1980〕:183)。

 二人が共通の興味をもっていた分野の一つは、「コンピュータのような機械装置と、神経組織つまり生命体との間の類比の可能性を研究すること」(ハイムズ 1985〔1980〕:195)であった。1943年には、二人は脳と計算機の類似性について、プリンストンの神経学者や工学者との学際的な会合で議論していた(リッド 2017〔2016〕:142)。前述の通り、ウィーナーは、その類似性について「神経系と自動機械は、過去になした決定に基づいて決定を行なう装置という点で根本的に似ている」(ウィーナー 1979〔1954〕:31)と述べている。一方、フォン・ノイマンは、数学者の視点から神経系を理解しようと取り組んだ(フォン・ノイマン 2011〔2000〕:31)16)。神経系を自動計算機として眺め、「論理的な部分だけでなく算術的な部分を持っているに違いないこと、そして、神経系における算術的な部分の必要性は、論理的な部分の必要性に劣らず重要であることがわかる」(フォン・ノイマン 2011〔2000〕:108)と分析したのである。

 このように、ウィーナーとフォン・ノイマンは、数学に関する議論を交えるところから出発し、プリンストンにおける会合での議論を経て、神経系と機械の類似性を説くようになったのである。こうして二人は、「機械及び生体における通信(コミュニケーション)と制御(コントロール)の理論」(ウィーナー 2002〔1956〕:187)であるサイバネティクスを発展させていったのだ。そして、先述の通り、フォン・ノイマンは、シンギュラリティを初めて提唱し、「特異点を超えると、今日ある人間の営為は存続することができなくなる」という意味で用いたのだった。その後、シンギュラリティのアイディアはヴァーナー・ヴィンジによって発展し、カーツワイルへと引き継がれていった。彼らの考えるシンギュラリティ像には、サイバネティクスのアイディアと共通するところがいくつかあり、これらの点から、サイバネティクスがシンギュラリティの思想の源流だと言える。

第7節 サイバー・スペース

第一項 サイバーパンクとヴァーナー・ヴィンジ

 サイバネティクスは、ウィーナーによって提唱され、フォン・ノイマンや、マカロック、フォン・フェルスター、ローゼンブリュートらによって発展した後、サイバーパンクと呼ばれるムーヴメントがあり、SF作品の題材になっていった。中でも、ヴァーナー・ヴィンジの小説『マイクロチップの魔術師』17)は、「別世界」と呼ばれるサイバー・スペース18)が舞台になるという新奇性があった

 前述の通り、この作品の作者であるヴィンジは、シンギュラリティという言葉の提唱者であり、フォン・ノイマンから影響を受けていた。ヴィンジは、『マイクロチップの魔術師』は、シンギュラリティに関するヴィンジのアイディアが反映されている。まずは、この作品の冒頭のあらすじを紹介していきたい。

冒頭のあらすじ

 第一期魔法時代の頃、思慮深い魔法使いにとって、自分の真の名前は最も大切な持ち物であり、命にかかわる最大の悩みの種でもあった。なぜなら、自分の真の名前を知られてしまい、ある呪文を唱えられてしまうと、やっつけられたり服従されたりしてしまうからだ。それから時が経ち、理性の時代へ、さらに第一次および第二次産業革命になると、その話はでたらめだということになった。しかし、主人公のロジャー・ポラックが生きる時代には、また第一期魔法時代の頃みたいに真の名前を知られてはいけないようになっていた。
 ポラックは、物語の現実世界で小説家として活動する傍ら、「別世界」と呼ばれるコンピュータ・ネットワーク内において「スリッパリー氏」と名乗るハッカーとして活動していた。「別世界」では、ポラックの他にもロビン・フッドや、エリスリナ、スライミー・ライミーと名乗る人々がおり、彼らはSIG(スペシャル・インタレクト・グループ)と呼ばれるコンピュータ・ネットワーク内につくられる同好会的組織を築いていた。彼らは、コンピュータ・ネットワークに自分を接続する。ポータルの吸盤型端子を額に取りつけ、「別世界」へと入っていくのだ。
 ある時、ポラックは、自分の真の名前が大敵に知られていると勘づいた。それは、ポラックが庭で草むしりをしていたときのことである。その時、黒のリンカーン二台がやって来て、ポラックのホンダの横とうしろに停まった。すると、屈強な男が四人と、きつい顔だちの女が一人、車を降りて、ポラックの育てているキャベツ畑を踏みつけながらやって来た。後に明らかとなるが、彼らは政府関係者である。ポラックは慌てて森へ逃げようとしたが、彼らに捕まってしまい、力づくで家の中へ連れ戻された。
 それから、彼は、とある犯罪の容疑をかけられていると告げられ、家の中を捜査される。そして、ついに「別世界」への門である吸盤型端子が見つかってしまった。さらに、ポラックが「別世界」では「スリッパリー氏」を名乗っていることや、「真の名前」が「ロジャー・アンドルー・ポラックTIN/SSAN0959ー34ー2861だという事実を次々と発見されてしまう。
 しばらくの沈黙の後、ポラックは「それじゃ、刑務所に放りこむかわりに、なにか腹づもりがあるんだな?」と尋ねた。すると、政府関係者の一人が「ポラック君、君は『郵便屋』という男を聞いたことがあるかね?」と返した。ポラックは「郵便屋」について少し知っていた。しかし、「郵便屋」が、連邦螺子規格委員会(FSCC)のいくつかの部局による記録原本を改竄し、連邦法および予算配分の解釈変更をしようとしていることや、軍部と国家安全保障局のミサイル発射装置システムを乗っ取ろうとしていることについては知らなかった。政府関係者らの証言によって初めて知ることになったのだ。それから政府関係者たちは、ポラックを脅し、政府のスパイとしてSIGのメンバーと協力し、「郵便屋」を名乗る人物の正体を暴くという命令を与えた。
 こうしてポラックは、「郵便屋」を名乗る人物の正体を暴くべく、「別平面」へ向かう旅の準備を始めるのであった。

 このように、主人公のロジャー・ポラックは、「郵便屋」を名乗る人物の正体を突き止めるために、「別平面」と呼ばれるサイバー・スペースへと入っていくのだ。その様子は、次のように表現されている。

 彼はプロセッサの電源を入れ、愛用の椅子に深々ともたれ、ポータルの吸盤型端子を五つ、慎重に額に取りつけた。長い何分かのあいだ、なにも変化はなかった。ある程度の自己減却が――あるいは少なくとも自己催眠が――この旅には必要なのだ。ポータルが発するかすかで不明瞭な信号に対して、ユーザーの感度を高めるために、ドラッグの使用や感覚分離を薦める専門家もいる。そういうポップな専門家たちより断然経験豊富なポラックは、木々を眺めたり、枝に吹きよせる風の波に耳をすませるだけでいいのだった。
 ちょうど夢想家が周囲の現実を忘れて別のリアリティを見るように、ポラックは現実から離れてさまよいだした。潜在意識は、西海岸の通信情報サービス会社のステータスを、ぼんやりと藪のように解釈して映し出した。そこを意識で調べ、応答指令を出して、中継地点へのいちばん安全な経路を探すのだ。

 このように、『マイクロチップの魔術師』の物語において、ポラックは、ポータルの吸盤型端子を額に取りつけることで「別世界」と呼ばれるサイバー・スペースへと入っていき、張り巡らされたネットワークを介して様々な情報にアクセスする。このようなヴィンジの描く空間では、人とインターネットが融合し、様々な情報にアクセスできる。つまり、ポラックは、インターネットが融合した結果、インターネット上の膨大な情報を記憶している状態となり、膨大な知性を得ているのだ。このような小説の場面には、④「人間とコンピュータの間のインターフェイスが親密になり、ユーザーが超人的な知性をもったとみなされるようになる」というヴィンジのシンギュラリティに関するアイディアが反映されているのだ。

終章 シンギュラリティ信仰の確立

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